コピーライターは儲からない

 
 

まず、“職業:コピーライター”で高額納税者番付に載った人がいたかを思い出せば、わかるはずなんですが。そんな記憶ないでしょ?
「会社組織にして節税してるからだ」? まぁ確かに糸井氏は東京糸井重里事務所の社長だし、仲畑氏は仲畑広告制作所&仲畑広告映像所を経営してますが・・・。
よろしい。では、コピーライターがいかに儲からないか、とくとくと説明いたしましょう。
 

コピーライターが儲かる職業だとの考えは、糸井氏の「一行一千万円」発言に端を発するものだと思います。この発言は例の西武百貨店の『おいしい生活。』を指すようです。
本当にこの一行で糸井氏が一千万円もらったかどうかは私のあずかり知らぬところですが、とりあえず事実だとして話を進めましょう。
 

この一行、というか句読点を入れてわずか7文字は、西武百貨店の広告のキャッチフレーズです。しかしそれだけではなく、一年を通した西武百貨店自体のスローガンの役目も果たしています。つまり、一回しか載らない新聞広告などではなく、駅貼りポスターや店内ポスター、雑誌広告、テレビCFなど、たくさんの媒体に使われているのです。

「たった一回書いただけで何回も使われてラクだなぁ」なんて考えは当てはまりません。何回も使われるコピーは、何回も使われることを見越して書かれなければならないのです。
インパクトのあり過ぎる言葉は、ごく短期間は人の注意を捉えますが、すぐ忘れ去られてしまう危険性大です。難しい言葉や長い言葉では、覚えてもらうことさえできません。適度なインパクトのあるごく短い言葉で、人によって多様な受け止められ方をされ、その印象を一年はもたせられなければいけません。しかもそこには、コピーライター個人の思いではなく、西武百貨店の営業姿勢が盛り込まれていなければならないのです。
 

「それでもたった7文字で一千万ならラクでいいじゃん」とか思いました?あなた。とんでもない。糸井氏が書いたのは7文字だけではないんですよ。
まず、この7文字が生まれるまでにボツになったコピーがあります。どれくらいの量かはわかりませんが、平均的な新聞原稿と同じだとすると、ほぼキャッチ100本がボツになっていると考えていいでしょう。

また、広告が世に出るためには、広告主に「なぜこのコピー?なぜこの写真?」などを納得させる企画書というものが必要です。客観的なデータなどを集めて広告アイデアの必然性を説明したものですが、これを作るのもコピーライターの仕事です。『おいしい生活。』の場合、この企画書が厚さ10cmにもなったそうです。

それから、『おいしい生活。』以外のコピーだって、同じ広告の中には入っています。正確に覚えていませんが

“高級なフランス料理だってタクアンだって、どっちが劣るなんてわけはなく、どっちだっておいしいものはおいしい。そういういろんな価値観を同じように認めていきたい、それが今年の西武百貨店のテーマです”
みたいなことが書いてあったはずです。これももちろん糸井氏が書いています。さらに各店舗の名称や所在地や電話。これはコピーライターが書くというわけではありませんが、もし誤植があった場合はコピーライターの責任になります。また、表記がわかりにくかったり統一されていなかったりしたら、コピーライターが修正します(電話番号の書き方が000(000)0000だったり000-000-0000だったり)。
コピーライターという職業は、広告コピーを作るというより、広告に入る文字すべてについて責任を持つ仕事だというほうが正確だと思います。

さらにさらに。糸井氏はたった一回出稿される広告だけを作ったわけじゃありません。このキャンペーンは正月から始まっていますが、その後一年を通して、西武百貨店はさまざまな広告を出稿しています。デパートによくある各種セール催事広告、新規テナントなどの告知広告。そのうえ『おいしい生活。』そのもののシリーズ広告も年間を通じて出稿されます。
西武百貨店がこの年に出していた広告のうち、糸井氏がどれだけ担当していたかわかりませんが、相当な量のコピーを書いていたはずです。これ全部ひっくるめての値段が一千万なのです。つまり一千万は、一行のコピー料ではなく、一年間の広告業務の全責任を任せる契約料として支払われたと考えるのが妥当でしょう。

それでもまだ「それで一千万は高い」という声はあるかもしれませんが、ラクではないということはわかったのではないでしょうか。それに、これだけの量の仕事をしたら、他の仕事はあまりできませんし。
糸井氏が自分につけたキャッチフレーズって知ってます? 『はやい、うまい、やすい、いとい』っていうんですよ♪
 

日本で、物作りをする人間が儲ける方法は、一度作ったもので何度も利益を得られるようにすることです。
小説家は一旦書き上げた小説一本の売り上げで収入が変わります。売れる小説も売れない小説も、書き上げる労力という点では変わらないのに、です。おまけに一本ヒットすれば、小説よりもっと手軽なコラムなどで稼ぐこともできます。
マンガ家の収入を左右するのは、連載の多さより単行本の売り上げです。一旦雑誌などに掲載された作品が再び単行本に収録され売れることで、労少なくして稼ぎにつながるわけです。アニメ化されたりキャラクターが商品化されたりすれば、さらに使用料が入ってきます。
バンドメンバーの中では、作詞や作曲をする人間と演奏しかしない人間では、収入にとんでもない格差が出てきます。カラオケや着メロなど楽曲の二次使用が増えている現在、この傾向はさらに顕著になっています。
  例:2000年の推定所得(カッコ内は納税額)
    Dreams Come True
     吉田美和 3億9、300万(1億4、294万)
     中村正人 2億8、300万(1億0、231万)
     西川隆宏 不明(おそらく納税額1千万円未満)
    GLAY
     TAKURO 2億2、500万(8、063万)
     TERU  1億1、100万(3、853万)
     HISASHI 1億1、100万(3、849万)
     JIRO   不明(おそらく納税額1千万未満)

対して、コピーライターはどうでしょうか? コピーライターの作る広告は、ほぼ一回限りのものです。もしヒット広告を一本作ったとしても、広告制作の依頼が増えるだけです。収入は増えるでしょうが、仕事ひとつひとつをこなしていくのはコピーライター本人なので、労力も正比例して増えていきます。コピーの二次使用なんてできませんし。
(そういえば、私の書いた新聞広告のコピーをそのままホームページのトップに使用している金融会社がありますが。それも無断&もちろん無料で。社名出しちゃいましょか?)
 

人間ひとりの可能な労働力には限界があります。自分ができる仕事量以上には、コピーライターは儲けることができないのです。
わかりました? カネ儲けしたいだけなら、絶対コピーライターなんてならないように。
※ひょっとして、私の思いもよらないコピーライターのカネ儲け術ってのがあるかもしれません。
「コピーライターはこうすれば儲かる!」って反論のある方、私宛にメールを。
 
 

・・・2001年5月17日付の日刊スポーツ紙には、2000年高額納税者の表が掲載されていました。そこに「広告制作者」として名前があったのは、たったの2人。
  川崎徹(CMディレクター) 4、700万(納税額1、494万)
  糸井重里(コピーライター) 4、600万(納税額1、448万)
これを見ても、まだ広告制作が儲かる職業だなんて思いますか?
※日刊スポーツでは川崎徹の肩書きが「コピーライター」になってたけどね。映画業界で言ったら監督と脚本家を間違えるようなもんだよ?

 
 

余談:

TUGBOATという会社があります。電通に勤めていた広告制作者4人が1999年に退社して作ったところで、その動きや作る広告が話題を集めていますが。
この会社が発足した当時、代表の岡康道氏はこのように言っていました。
コミッションでなくフィーで経営が成り立つエージェンシーをめざしたい」
この発言の意味が当初、広告代理店勤務の経験のない私にはわかりませんでした。それはつまり、こういうことでした。

広告主から広告代理店に、広告業務が発注された場合。広告費全体の予算編成はまず、広告活動の費用の大部分を占める出稿媒体の取得費用の算出から始まります。そして全媒体費の115%の価格を、代理店は請求します。ここで上乗せした15%コミッション=手数料であり、この15%の中に広告制作費をはじめ、マーケティング調査費、人件費、機材費、通信費、もちろん代理店そのものの利益など、媒体費だけを除いた諸々の費用がすべて含まれるそうです。制作プロダクションへの支払いもこの15%の中から行われます。どんな場合でも、この15%という数字は変わらないようです。
このような十把一からげのコミッションという形でなく、制作物への対貨としての意味を明確にした制作料=フィーで利益を得ようとするのが、岡氏の真意のようです。こんな代理店のシステム、私は知りませんでしたが。

・・・わかります? つまり、広告制作って、単なるサービスの一環なんですよ。どんなに効果の高い広告作ろうが、どんなにバカな広告だろうが、制作された広告物自体には価値を認めてないってことなんですよ、代理店は。いい広告作ってくれて評判になったからもっとカネ出そうってことにはならないんですよ、広告主は(バカな広告作った代理店とは取引中止ってことにはなるかもしれませんが)。
これじゃコピーライターが儲かるわけないっすね。